伊藤 良雄

大正の終わりに創業した装堂。今も変わらぬ江戸表具の伝統技術を守る二代目の伊藤良雄さん。

 

「十代のなかばから親父のもとで修行し始めました。といっても技術や職人の心意気などは、師匠である親父とともに、兄弟子の職人さんたちから教えてもらったという感じですね」

 

伊藤さんの仕事に関する自己評価は厳しく、「つくるごとに反省点は残ります。次はここを工夫して、良いものにしていこうと、自分なりに考えてやってます」といいます。

 

伊藤さんは、伝統技術を受け継ぐだけではなく、そこに少しづつ改良を加えているそうです。それは、従来の日本家屋に根差した表具技術は、近年の照明器具の向上、建築の洋風化、冷暖房の向上による室温の変化などによって、従来の伝統工芸の手法では合わなくなってきているというのです。

 

「むかしは、表装なら百年は持つといわれていました。ところが、現在の家屋に同じものを飾ったら数年で痛んでしまうでしょう。そのくらい住環境が変ったんですね。変ってしまった、さあ困った、なんていっていられない。どうすればいいのか考えるのも職人です」と伊藤さん。

 

「表装は『生きもの』なんて例えられるんです。雨の日にやっていい仕事とダメなことがある。また、晴れた日も同様。同じ仕事でも湿気の多い梅雨時か、冬場かでも微妙に変ります。厳密にいえば、表装に欠かせない正絹もむかしの糸とは質が違うんです。むかしと同じような仕事をするにはどうすればいいのか。それは、職人が繰り返し試して理解していくしかない。これが技なんです」

 

努力して習得した伝統技術に胡座(あぐら)をかくことをせず、学んだ技術を基礎として今日に最良の仕事を成すための研鑽を積んでいる伊藤さん。それだけに、古き良き日本の伝統文化を愛してやみません。

 

「むかしは、床の間に掛軸を飾って室内のアクセントとしていたんですよ。四季折々、時節に応じて掛軸も掛け変えたものです。また、大切なお客様をお迎えするときの掛軸もあったものです。こうした習慣は、日本人の知恵というか、細やかな心遣いだと思います。精神的にも大切なことなんじゃないでしょうかねえ」

 

自らの仕事を愛し、日本の心を愛する真摯な職人が時代に警鐘を鳴らしています。

堂・三田二丁目