ヒロタデザインスタジオ
ヒロタデザインスタジオ
デザイン経営で、中小企業はもっと豊かになれる。
ヒロタデザインスタジオ
廣田 尚子さん
ブランディング・プロダクトデザイン・経営コンサルテーションデザイン
廣田 尚子さん
Naoko Hirota
[プロフィール]
東京生まれ東京芸術大学卒業、プロダクトデザイナーとして数多くの開発デザインディレクションに携わり、デザイン経営視点でビジネスデザイン、企業ブランディング、製品開発を一貫したデザイン活動をする。グッドデザイン賞審査委員、東京ビジネスデザインアワード審査委員長 (2019~ 2020)、直近の研究は「企業経営へのデザイン活用度調査 “デザイン経営はビジネスを強くする”」を監修。(調査実施機関:公益財団法人日本デザイン振興会)総務省「5Gガイドブック」制作。受賞歴:RED DOT DESIGN AWARD、IF Design 賞、グッドデザイン賞他受賞多数。
モノのデザインから経営そのもののデザインへ。
私が主宰するヒロタデザインスタジオは、基本的にプロダクトデザインのデザイン会社として30年近く活動してきました。ただし、ここ10年ほどは単にモノのデザインだけでなく、そのモノを作る背景に何か課題があったり、作った後に心配事を持ったりする企業に対し、コンサルタント的な立場で関わらせていただいています。
会社の歴史から強みや弱み、抱えている課題などを踏まえて、今後どのように会社を成長させていきたいかを伺い、改善や成長のための施策と、その先にある商品やサービスを考えていく経営のデザインをお手伝いしています。
近年は「デザイン経営」をキーワードに活動。
2018年に経済産業省・特許庁が『「デザイン経営」宣言』という報告書を取りまとめました。「デザイン経営」とはデザインの力をブランドの構築やイノベーションの創出に活用する経営手法です。
『「デザイン経営」宣言』が行われたことで、私がこの10年間に感じていた課題感が、世の中が抱えている課題感として国によって浮き彫りにされた形です。「言葉にすればそういうことだよね」ととてもしっくりきました。
そこで最近は「デザイン経営」をワークショップなどの活動を通じて伝えるとともに、サービスにも落とし込んでいます。その言葉のおかげで非常に活動がしやすくなったというのが正直な感覚です。
中小企業ほどデザイン経営のメリットは大きい。
それでは、ブランドの構築、いわゆる「ブランディング」とは、いったいどのようなことなのでしょうか。会社の新しいロゴタイプを作って広告を打ち、商品やサービスの価値を高める戦略と思われがちですが、それはブランディングの概念や作業のほんの一部に過ぎません。むしろ中小企業におすすめなのは、企業活動そのものを対象にしたブランディングです。
デザイナーらをコンサルタントに迎え、経営状態や企業資産を共に見つめ直して未来図を描き、ユーザー視点に立った商品・サービスの企画や開発、デザインを行うことで長く生き残れる企業を目指すのです。会社の理念や成り立ちから活動までに一貫した軸を通すことで、ビジネスの方向性が整理できたり、経営効率が良くなったりもします。
実際のところ、経営理念はあっても社員は見てもいないとか、活動に落とし込まれていないといった会社は少なくありません。そこを正していくと、会社にとっての大事な資産が見えてきて、持続的な成長につながることが期待できます。
特に中小企業の場合、規模が小さいだけに、自社の歴史を遡ったり、一つの考えで社内をまとめたりすることが大企業よりやりやすいと言えます。意思決定のスピードも早いのだから、大企業よりもブランディングに時間がかからないし、「デザイン経営」のメリットも大きいと思います。
中小企業に限らず、日本の企業は自社の特徴として技術は挙げるのですが、それ以外のことはなかなか思いつかないことが多いようです。デザイナーが関わることで、会社が保有する技術以外に、個人が持っている技能、あるいは会社の文化など、次世代まで使っていけるリソースに目が向けられるケースは少なくありません。できれば経営者に近いところにデザイナーを置いて一緒に考えていくことが、「デザイン経営」の望ましいやり方になります。
【企業経営へのデザイン活用調査】より
https://www.jidp.or.jp/2020/11/25/DesignManagementReport
企業経営へのデザイン活用調査は、2020年に、日本デザイン振興会のもとで、博報堂デザイン社長の永井一史さん、三菱総研とともに研究活動として行った調査報告です。
技術でなく人を見つめれば新しい道は拓かれる。
ヒロタデザインスタジオは、専門スキルを持つメンバーらと連携し、経営コンサルティングとデザインを地続きにした独自手法を用いて企業のブランディングを行っています。実際に関わらせていただいた成功例の一つに、墨田区で4代続いている老舗のお米屋さんがあります。
100年以上の歴史と、「古式精米法」という独自技術をお持ちなのですが、「そもそも今の人はお米を食べてくれないから売れないし、次の施策も打ちにくい」といった悩みを抱えられ、実際に売り上げがどんどん落ちている状況でした。
実は、社長は日本に数名しかいない5つ星の「お米マイスター」で、「お米をみんなに広げたい」とおっしゃって、ボランティアでご飯の炊き方教室を開かれていたのです。それなら、「その人的リソースを使って、ご飯で売ったらいいじゃないですか?」とお話して、「お米からご飯までの美味しい食を提供する」をキャッチフレーズに未来図をデザインしました。
その結果、新しい事業としておにぎり屋さんを始めることになったのです。「美味しいご飯であれば、お米のままより高く売れるし、付加価値も生まれる」という道筋です。
お米だけを見つめていたらどうにもならなかったのですが、「人を見つめて、そのポテンシャルで知恵をお金に変えていってはどうだろう?」という柔軟なデザイン的発想で新しい道を拓いた好例です。
デザイン経営がもたらす売り上げ以上の価値。
経営についてご相談をいただく方は、そのお米屋さんのように何か悩みを抱えている場合が圧倒的に多いです。もちろん「新しい商品を出そうと思い、すでに高い技術やかっこいい設計はできている」といったお話も頂くことがあります。
ただし、そういう場合も「このまま商品化しても売れるとは限らない」という視点で、少し遡り、角度を変えてデザインをし直します。結局ご本人が、課題が見えているか、見えていないかだけの違いなのです。
昔と違って近年は大ヒットする商品はなかなか作れません。しかも、中企業にとっての大ヒットとは大企業と比べたらスケールも意味も違います。例えばずっと下請けでモノづくりを行ってきた企業が自社商品を出す意味とは、決して売り上げのためだけでなく、それが会社の顔になって認知度を高めたり、高い技術力を伝えたり、さらには自社内に向けたインナーブランディングにもつながっていきます。それをお手伝いするのがデザイナーのとても大事な役割だと思っています。
私は、東京都が主催する企業とデザイナーのマッチングコンペティション「東京ビジネスデザインアワード」の立ち上げの時から審査委員長を務めさせていただいていますが、参加された会社の社長さんからこんな感想を伺ったことがあります。
「これまで下請けで商品を作ってきたけれど、自社の技術には自信があり、みんな一生懸命働いてくれています。だけど、若い社員が何をやっている会社なのか友だちに説明できない、仕事の誇りを伝えられないもどかしさがありました。会社の顔になる商品ができたことで、社員のモチベーションが上がりました」と。
社内の士気が高まり、ビジョンの方向性を束ねることができ、またリクルートがしやすくなったり離職率が下がったりすることのほうが、中小企業にとっては売上向上よりずっと大事なのではないでしょうか。
デザイン経営について考える機会こそが大切。
デザイン経営を始めるにはまず何をすれば良いのかというと、自社分析から始めることをおすすめします。
なかなか社長さん自身が分析するのは難しいと思いますが、内閣府が発行する「経営デザインシート」を活用するのが一つの方法です。ただし、少し難しい書面なので、私はワークショップでそれを超簡単版にアレンジして使っています。ワークショップに参加された方々からは、「自分の中でバラバラだったものが整理できて、足りないこともわかった」といった声を頂きます。
現場業務に専念しなければならない経営者の方々は、普段そういうことを考える余裕がないと思います。自社分析の本もたくさん出ているので、使ってみてはいかがでしょう。むしろ、デザイン経営について考える機会を作ること自体がものすごく価値があると思います。
アイデアを「見える化」するのがデザイナーの力。
もちろん経営を一緒に考えるパートナーは、デザイナーではなく経営コンサルタントでも良いのではという意見もあるかと思います。
両者のどこが違うかというと、経営コンサルタントは経営に関する専門知識を持ち、論理的思考力も高く、迅速な情報整理に長けています。一方、デザイナーは抽象的思考力が高く、アイデアを「見える化」することに長けているため、コンセプトや方向性を具体的に表しながら、一貫した施策や企画を組み立てられます。両者の能力を合わせることで、本質的なブランディングが可能となります。
最近、デザイン会社を吸収買収する大手コンサルティング会社も見られますが、コンサルティングだけではその先の施策まではできないところを、デザインの力を得ることでコンプリートさせようとしているのでしょう。
自分自身もメーカーの立場で失敗や苦労を経験。
私自身の話をしますと、大学を卒業後はデザイン会社に勤めていました。しかし、商品のデザイン業務を机の上で黙々とやっている中、「その前も後ろもわからないままで良いのだろうか?」と疑問を持つようになりました。
そこで会社を辞めて、自分でバッグをデザインして工場に作ってもらい、展示会に出展したり、海外の百貨店とかセレクトショップにも卸したりするようになりました。そこで、ブランディングをはじめとする、一般的なメーカー業務の端から端までを小さいなりに体験したのです。
とても遠回りだったけれど、それがいま活きていると実感しています。自身の体験から、中小企業に寄り添った共通言語を持つことの大切さを理解できていると思っています。自分も失敗はいろいろしてきただけに「こういうことは気をつけたほうがいいでよ」とか「ずいぶん苦労や時間がかかることですよ」といった話の仕方をすることで、相手との関係性はすごく近くなりますね。
デザインは幸せや豊かさを作る仕事。
日本の企業の99.7%を中小企業が占めていると言われています。そのほとんどが大企業になることを目指しているわけではなく、「自分たちらしく生き続けること」「次の代まで続いていくこと」を望んでいるのではないでしょうか。
それであれば、ただ売り上げを高めることではなく、余暇の時間が増えたり、社員が辞めずにうまく会社が回り続けたりすることにゴールがあるはず。そのためのデザイン経営です。
デザインは「売り上げを作る仕事」ではなく、「幸せを作るお仕事」、豊かさのためにあるものと信じています。
「デザイン」と聞くとどうしても身構えてしまうし、わざわざ外部の人に依頼することなど敬遠してしまいがちですが、デザイナーと頭を突き合わせることで、「そういう考え方もあるんだね」「ちょっと自分もやってみようかな」と思えるきっかけが作れます。それは次への布石になるので、ぜひ一度トライしていただきたいです。
記事投稿日:2023年3月8日